三島の民話 河童と魚売り
河童と魚売り
昔あったど。
山ん中の川っ淵に、二、三十軒の村があって、魚屋が一軒だけあっただど。ここの旦那は毎日魚背負って、あっちこっちの村を売り歩くが、なかなか儲がんなくて、貧乏ばかりして暮らしていやったど。
ある時ひと山越えで、その先の村まで売りに出掛げで行ったどころ、川っ淵で子めらが大勢して何か騒いでいっから、
「これ、にしゃら、何騒いでいんだ」
って、のぞいて見っと、ちっちぇ河童の子を押さえつけでいだだど。
「こら、にしゃの親河童は人んどご化かして悪りぃごどばぁりしてるつぅごんだ。とっつかめぇで、ひでぇめにあわしてやっから」
なんて、いじめでんだど。
「こら、そんなちっちぇ河童んどご、いじめんでねぇ。なぁ、河童なんて人に意地悪するもんでねぇ。それ、おらに売ってくろ」
どって、わずかの売上金全部、子めらにくっちぇ、河童買って向こうの沢さ連れでって放してやったど。そんじ、その日はあと一匹も売んにくて家さ帰っただど。だげんじょ、何となく良いごどした気持ちで心はほがらかだったど。
「かがぁ、俺いいごどしてきたぞ」
「何しゃった、お前さん」
「これこれこういう訳で、銭はだいで河童助けて川さ放してやった」
つうど、かかぁ怒って、
「馬鹿、河童さ大金出していられめぇが」
「だげんじょ俺むずさくて見でらんにゃがっただ。子河童帰って、親河童なんぼ喜んでっかしんにぇよ。俺とでも気持ちいい」
どって一杯飲んで寝でしまいやったど。ほれがら明日目覚まして起ぎで外さ出で見だら、家の軒端さ魚箱が置いであったじゅうだ。その魚がまたたいした立派な魚で、こごらへんでは見っこどできねぇ高い値段の魚だったど。それが何匹も置いであっただど。
「奇態なごどもあるもんだ。こぉだ高級な魚、誰が持って来たが分別つかねぇ。ひょっとしたら昨日の河童の親でも置いでいったがしんにぇ」
誰も引き取り手がねぇので、腐んねうぢに売ったどごろ、たちまち高く売れっちまったど。次の日も次の日も、生きのいい魚が置いであって、自然と金もたまったんだど。
「はぁ、なんぼ河童の恩返しだからって、いつまでもいい気になってもいられめぇ」
どって、魚売りは川さ行って、
「河童どん、礼はあとたくさんだから明日がらはねぇごどにしてくなんしょ」
ったら、川の底のほうがら、
「いやいや、まだまだ百分の一も恩返ししてねぇ。今年一年は毎日持っていぐがら、儲げで貧乏暮らしはやめでくんつぇ」
次の朝がらは、いまっと多く魚届いて、一人では売り歩くごどもできねぇほどになっちまったじゅうごどで、魚売りは小僧や召し使いをいっぺぇ雇って、あっちこっち売り歩き、たちまち大店に繁盛しっつまったつぅごんだ。
ざっと昔、栄えだ。
話者 故片山長平さん(小和瀬)