三島の民話 観音様の御利益
観音様の御利益
塔寺の立ち木観音堂に下がっている「鰐口」には、珍しい伝説があんのなっし。
昔、大沼郡西方村名人( 今は三島町) さ五十嵐吉兵衛つう方がおらったど。たいそう信心深い方であったが、殊に立ち木観音様には信仰厚くお参りしてらっただど。
ある年、お伊勢参りさ行ぐごどになって、参宮中の安全祈願はもちろん留守中の家族の無事も、念入りに拝んで出立しらったど。
さて、お伊勢様の内宮外宮の参拝もすませで、更に四国の金毘羅様さもお参りしんべと、桑名の渡しがら船に乗った。
しばらく船さ揺られだが「ほーっ」と船が動かなくなったど。
「なんだ、なんだ」「何事だっ」って皆おろだえでだら、船頭が、
「これは皆さん方の中で、ワニに見込まれた方がいる」つうだど。
「だんじゃ、だんじゃ」の大騒ぎ。さらに船頭は、
「その誰かを知るためには、皆さんの身につけているもの、つまり手ぬぐい等をかしてけれ」つうだど。
お客、全部がら品々を受け取って、水中さ投げこんだど。皆々、目の色変えで、波間さ浮かぶ品物を見でだわいなぁ~。
したらば吉兵衛の手ぬぐいがスルスル、スルスルーー水中さ沈んでっただどー。
さぁ、大変だぁ。
「皆さんを助けるど思って、お気の毒だが身投げしてくんつぇ」
船頭さんには言われんべし、お客さんだれは、
「我々を助けてくんつぇ」っては言われんべし・・
吉兵衛は、
「ちょ、ちょっと待ってくんつぇ。船頭さん、まぁ一遍船動かしてくんつぇ」頼んだ。時がたつど皆々いらいらして、
「早ぐ、水さ入れ︱︱っ」「んだ、んだ」いらだってんのも解る。
吉兵衛は、船縁さ立って目をつむっと、一心に立ち木観音様のお姿を思って拝んだだど。
「南無観世音菩薩!南無観世音菩薩!」したらば、
不思議や不思議~船はスルスルーーっと動きだしたどぉ。
「おおー、良かった~動いたぁ~」
九死に一生の吉兵衛はじめ、皆さま方も胸なでおろして金毘羅様を参詣して、帰りには江戸見物までしてもどらったそうだ。
旅の話をしながら吉兵衛は、ただただ立ち木観音様の御利益と深く感激して、あの鰐口を奉納しゃっただど。
あの時、納められた鰐口は、今の今にも残っている、つう事だない。
立ち木観音様のご利益 おしまい
元話 会津の伝説より
再話 五十嵐 七重さん(西方)